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続・下田菊太郎   2009.05.27

文明開化の光と闇

いきなり、写真使いまわしです。

以前に紹介した"文明開化の光と闇 建築家下田菊太郎伝"をようやく読み終わったので
以下、簡単にレビューなど。

下田菊太郎という建築家の一生を通じてドキュメンタリー的に書かれており、日本の近代の一端が分かるようになっている。
まず、下田菊太郎は本文中ではとても実直な性格に書かれている。純粋に建築が好きで建築のことを考え、行動している。

それと対照的に書かれているのが辰野金吾であり、日本の近代建築史の表舞台に立っていた人々。
そしてF.L.ライト。実際、ライトの変人ぶりは有名ではあるが。

物語の前半は下田のアメリカ時代がメイン。
下田はアメリカで必死にシカゴ派の建築を学び、バーナムの事務所で多くの実績をあげる。

中盤~後半は帰国し、アメリカで学んできたことを日本の建築界に浸透させようとするが。。。
帰国後は不遇すぎるといっていいくらいであり、辰野をはじめとした日本建築界は彼を無視し続けた。

といった感じ。タイトルの光と闇、といっても実際に読んでみると闇の印象があまりに強すぎる内容のような気がしなくもない。

そして、日本の近代建築史がいかに歪んでいたか。

当然のように社会に対して働きかけるには大きな力を通してしかない、という近代日本の状況は
個人が直接社会とつながっているとも言われる現代とは対照的であり、後半の下田の不遇の人生はそれを象徴している。
近代といっても市民という存在(例えば、下田菊太郎という在野の建築家)は不在であったと言える。少なくとも日本の建築界においては。

そのような"闇"に対し、下田の提案した帝冠併合式が後年、実際の設計として取り入れられるようになっていくという事実が"光"とまずは捉えてよいのだろうか。
自分自身では、帝冠様式について批評する気はさらさらないが、

ただ、多くの建築関係者が辰野という力の下に集っていたのに対し、下田は自分の論をもち、
それを貫いていた、ということが、タイトルの光と闇の"光"の部分に繋がっているのだと考えている。




余談ですが。。
もし、下田がアメリカから持ち帰ったRC造を日本がもっと早く取り入れていたら、確実に歴史が大きく変わっていただろう。関東大震災の被害も、もっと抑えられていたかも。
10年ぐらい日本の建築は進歩しているだろうか。選ばれなかった歴史について考えてみるのも楽しいもんですね。

この本、わりと古いのであまり見かけないかもしれないけど、なかなかおもしろいです。
大学で日本近代建築史とかやったらマニアックでおもしろいと思うんだけどな~とか、
(もう学生ではないのに)考えてます。

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